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広島地方裁判所 昭和48年(行ウ)9号 判決

(第一三号事件)原告 米沢進 外一名

(第九号事件)原告 中本康雄

被告 広島市長

訴訟代理人 笹村将文 山崎豊 外三名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(昭和四六年(行ウ)第一三号事件)

1  被告が原告らに対し昭和四五年七月一日付でなした下水道事業受益者負担金賦課処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

(昭和四八年(行ウ)第九号事件)

1  被告が原告に対し、昭和四七年七月二五日付でなした下水道事業受益者負担金賦課処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(昭和四六年(行ウ)第一三号事件)

1  原告らの請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

(昭和四八年(行ウ)第九号事件)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張(両事件共通)

一  請求原因

1  被告は、原告米沢及び同植田に対し昭和四五年七月一日付で、原告中本に対し昭和四七年七月二五日付でそれぞれ下水道事業受益者負担金賦課処分をしたので、原告らがいずれもこれを不服として異議申立をしたところ、被告は、原告米沢及び同植田に対し、昭和四六年一月二一日、原告中本に対し、昭和四八年二月一四日ころそれぞれ到達した書面でいずれも右異議申立棄却の決定をした。

2  しかしながら被告のした右各下水道事業受益者負担金賦課処分には、次のような違法があるから取り消されるべきである。

(一)憲法二五条違反

憲法二五条は、国民に対し健康的かつ快適な環境において生活する権利を保障している。

例えば下水道施設は本来公衆衛生上近代都市に不可欠のものであるから、これを整備して国民の生活環境を保全することは同条の精神から国及び地方公共団体の義務と解せられる。従つて通常の租税のほかに下水道事業のための負担金を国民に課し、その財源に充てることは同条に違反する。

(二) 地方自治法二条違反

地方自治法二条三項及び四項によれば、下水道事業の経営は普通地方公共団体である市町村において処理すべき事務とされている。従つてこの点においても被告のなした本件受益者負担金の賦課処分は地方公共団体の義務を市民に肩代りさせるものであつて違法である。

(三) 都市計画法七五条一項違反

(1) 都市計画法七五条一項は「著しく利益を受ける者」に当該事業に要する費用の一部を負担させることができるものとしている。

しかしながら、前記のとおり下水道施設は近代都市に不可欠のものであるから、その利用そのものは近代都市の住民が均しく当然に享受すべき利益であり、また下水道整備によつてもたらされる土地の便益性の増加という利益も都市生活に伴なう通常の利益であつて、いずれも右の法条にいう「著しい利益」にはあたらない。

(2) また、本件下水道事業受益者負担金は、公共下水道事業決定区域内の土地所有者(但し、地上権、質権、使用貸借、賃貸借((一時使用のために設定された地上権、使用貸借、賃貸借による権利は除く。))の目的となる土地についてはその地上権者等。以下、一括して単に土地所有者等ということがある。)に対し、その所有面積に比例して賦課するものであるが、そもそも下水道の利用は市民一般にとつて利益であると言い得るから、原告ら土地所有者等のみが利益を受ける訳ではなく、むしろ、高層住宅を建てて利用しているとか、空閑地又は農地であるとかいつた当該土地の利用状況に即して受益者及びその受益の程度を決定すべきであり、さらに前記「著しい利益」が下水道施設設置に基づく地価の値上りを意味するものであるとしてもその算定は明らかでないうえ、土地所有者以外の地上権者等をも受益者とされていることも不合理である。

3  よつて原告らは被告に対し、請求の趣旨記載のとおり、右のような瑕疵ある本件各下水道事業受益者負担金賦課処分の取消を求める。

二  被告の認否及び主張

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1について

すべて認める。

(二) 同2について

(一)及び(二)をいずれも争う。(三)のうち、(1)を争い、(2)のうち本件受益者負担金が土地所有者等に対し、その所有面積に比例して賦課するものであることを認め、その余を争う。

2  被告の主張

(一) 受益者負担金制度について

(1) 受益者負担金の本質

ア 受益者負担金とは、「国又は地方公共団体が特定の公共事業を行う場合において、その事業に要する経費に充てるため、その事業により受益する者に対し課される金銭給付義務」と定義される。

イ そして租税が一般に財政権の作用として、専ら国又は地方公共団体の一般的経費に充てることを目的とし、一般人民に対し、その負担能力に対応して均一に賦課されるものであるのに対し、受益者負担金は特定の事業による特別の利害関係人に、その利害関係度の強弱厚薄に応じて課するものであつて、その目的と負担義務者の二点において異なる。

ウ 次にその本質については、事業費用の負担の公平を図ることを目的とする制度と解すべく、即ち、当該事業の施行によつてその事業の本来の目的である通常の利益の外に、結果的には特定の者に特別の利益を生ぜしめる場合があり、その場合経済的観点からは当該事業はその事業主体と特別受益者との共同事業としてなされるべきものとみるのが公平の観念に適する。そこで負担公平の観点から、開発投資への強制参加として分担金を要求すべきことになり、これが受益者負担金の本質であつて、後述の特別の利益も特別受益者の分担金投資の結果によるものと観念され、経済的には特別受益者自らの投資によつて生れた、これに当然帰属すべき利益である。

(2) 「著しい利益」(特別の利益)の意義

受益者負担金賦課の契機である「著しい利益」(特別の利益)については、当該事業の性質、規模、これに対する社会的評価、これがもたらす利益の性質・程度、その利益を受ける者の範囲等によつて著しくその内容が異なることになるが、一般的には、単なる主観的・精神的利益では足りず、客観的・経済的実質を有するものでなければならないとされている。しかし、右利益はそのすべてを完全に金銭的に評価し得る利益であることまでは要せず、また積極的利益にとどまらず、消極的利益であつても足りるものと解される。

(二) 公共下水道事業における受益者負担金の賦課要件

(1) 右事業の施行によつて「著しく利益を受ける者」の意義

ア 公共下水道事業のもたらす利益

公共下水道布設整備に伴ない、雨水・汚水・屎尿の排除・処理が簡便かつ衛生的に行われることとなり、この結果、公衆衛生を向上させ、公共用水域の水質保全に資する。このような利益を最も直接的かつ明確に享受するのは排水区域内の住民であつて、その利益の中核は公共下水道完備により衛生的かつ快適な生活を営み得るようになるという点にあるが、かかる生活環境の向上は、土地利用の面において、土地利用範囲が拡大し、高度な利用が可能となるという意味でその区域内の土地の効用ないし便益性を増大させ、その利用価値を増す結果、当該土地の資産価値の増加をもたらす。これは主として当該土地所有者等の継続的使用権限ある者が排他的に享受するものであつて、その経済的利益は、右の生活環境の向上とは別にこれに加えて具体的に発生する。右経済的利益は受益者負担金を負担した土地所有者についてはより高い地代ないしその権利の譲渡価格(即ち、地価)の上昇という形で、借地権者らのように現実に当該土地を使用している者に対しては受益者負担金を有益費用として地主から返還を受ける形でそれぞれ享受すると考えられる。そして、受益者負担金制度にあつては、当該土地の利用に伴なう利益は社会的客観的に判断されるべきものであつて、若し仮に、当該土地権利者の主観的意思ないし現状(例えば空閑地、農地)を前提として利益の有無若しくは程度を判断することにすれば、宅地転用の可能性及び土地利用の有効性を無視し、かつ布設時点での現実の利用形態如何のみによつて、負担義務者となるか否か若しくは負担金の額が定まるという不公平を生ずる結果となる。

次に右経済的利益の金銭的評価については、地価の決定要因は複雑であるから地価の上昇によつて右金銭的評価が尽くされると短絡的に決することは相当でない。従つて、結局公共下水道事業に対する投資額(一般に、公共事業はその投資額以上の利益を生むものと期待されている。)に相応ずるものとして算定する他ない。

イ 本件公共下水道事業における「著しい利益」

前述のとおり受益者負担金制度は事業費用の負担の公平を図るものであるから、当該利益が著しいか否かは、結局のところ受益者と他の一般住民との比較の問題であり、換言すれば、当該受益者に事業費を負担させなければ他の一般住民との比較において公平の観念に反することになる程度の利益があれば、これをもつて著しいと評価することができる。

右の比較の方法としては、他の一般国民、同一行政区画内の公共下水道整備対象区域(即ち排水区域)となつていない区域の住民及び同一排水区域内の土地所有者等以外の住民をそれぞれ比較の対象として考えることができるが、本件公共下水道事業費(昭和四八年一〇月現在で三八九億七八六〇万円)の財源のうち、国費及び市費(双方で、三五九億七〇四六万九〇〇〇円)並びに受益者負担金(二六億一九三七万七〇〇〇円)の占める割合と我が国及び広島市における下水道普及率の低さとの比較に鑑み、また前述の土地の効用・便益性の増大ということから、いずれの比較においても、本件排水区域内の土地所有者等は同事業によつて著しい利益を受けることは明らかである。

(2) 「利益を受ける限度」について

ア 公共下水道布設に要する事業費は雨水排除に要する経費と汚水の排除・処理に要する経費とに区分して考察することができ、現在の標準的な下水道計画に基づいて右両経費の一般的な比率を推定すると、概ね前者が七〇パーセント、後者が三〇パーセントとなる。そして前者は主として公衆衛生の向上、公共用水域の水質保全という周辺住民一般にもたらされるいわば公的利益に寄与し、後者は主として土地の効用ないし便益性の増大という主に排水区域内の土地所有者等にもたらされるいわば私的利益に寄与するものと言い得る。

イ 右のほか、本件事業費の総額、本件事業によつて負担義務者の受ける地価上昇等利益の程度、本件排水区域内の住民人口等総合すると、本件において受益者負担金総額が事業費の五分の一であるのは極めて合理的であり、一方、土地の効用・便益性の増大を享受する度合は、土地の面積に比例するものと考えられるから、本件において面積に比例して負担金を課することとされていることも合理性を有する。

(三) 本件受益者負担金制度の採用について

(1) 当初計画

広島市は戦後における下水道整備につき、戦災復興区域を対象として、昭和二四年、第一期下水道築造事業計画を樹立し、昭和二六年度から着工した。同計画は同年度から昭和三五年度までの一〇年間に事業費一五億七九六〇万円を投じ、一一七三ヘクタールの区域において下水道を整備しようとするものであつたが、物価高騰と財源難等により事業が進捗せず、完成予定年度においても進捗率は僅か四五パーセントであつた。そこで工期を昭和四三年度まで延長し、その後三回の変更を行い、事業費総額六〇億円余をもつて、一四九四ヘクタールの区域にわたつて整備を図ることとしたものの、同年度に至つても進捗率は計画面積の六五パーセントに過ぎず、市街地面積の二〇パーセントに満たないという状況であつた。そしてこの遅延の主な原因は国庫補助金、起債の獲得が国の財政事情の関係等により所期の通りに行かなかつたこと、物価上昇による工事費の増加等であつた。

(2) 計画の再検討

広島市は昭和四三年度に至つて、計画区域を拡大し(排水区域において約一・五倍、処理区域において約二・六倍)、事業年度を昭和五〇年度まで延長することとしたが、この新計画によれば、事業費総額は約二六六億円にのぼり、原計画に比し約四・四倍にもなるため、この機会に受益者負担金制度を採用して財源を確保することとした。即ち、新計画の財源を従来通り国庫補助金、市債の額に市税を充当するということに求める限り、従来の実績からみて今後なお三〇年以上を要することとなるのみならず、計画完了によつても下水道既整備区域は市街地の約四七パーセントに相当する中心部のみにとどまり、周辺部の整備は遙か将来とならざるを得ない現状にあつた。そこで下水道整備に対する市民の強い要望に照らし、事業資金の財源確保のため、国庫補助金、市債の増額を図るとともに新たな財源調達として受益者負担金制度を採用することとしたものである。なお、当時国においても右制度を採用している都市に対しては国費の補助・起債の許可にあたつてこれを優遇する方針を示していた。

(3) 受益者負担金制度の採用

ア そこで、被告は、広島市議会の承諾及び昭和四四年二月の広島県都市計画審議会の審議を経て、同年三月二〇日、都市計画法(大正八年法律第三六号)六条二項及び同法施行令(同年勅令第四八二号)一〇条に基づいた広島平和記念都市建設計画下水道事業受益者負担に関する省令(昭和四四年建設省令第一三号。以下、省令という。)の公布を受け、同年度から受益者負担金を賦課することとした。

イ 本件受益者負担金について、法は受益者負担金賦課の一般的要件を抽象的に規定するにとどめ、負担義務者及び賦課要件の具体的内容については政令もしくは条例に委任しているから、負担義務者の範囲を定めることは、当該政令または条例を制定する行政庁または地方公共団体の立法的裁量に委ねられており、原告らはいずれも省令によつて負担義務者とされたものである。

ウ なお、本件受益者負担金の算出については省令四条により事業費(二〇五億七二七万八〇〇〇円)の五分の一(四一億一四五万五六〇〇円)が受益者負担金総額であり、これを排水区域面積(二一九一万六八二〇平方メートル)で除した額(一八七円)が単位負担金の額と定められた。

(四) 公共下水道事業といわゆるナシヨナルミニマム

公共下水道が憲法二五条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する施設であるかどうかは疑問であるが、仮にそうであるとしても直ちに受益者負担金制度を採用できないとはいえない。

また、そもそも公共下水道布設は法律的な義務ではなく、政治的な責務のレベルの問題に過ぎないと解すべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  争いのない事実

請求原因1の事実、及び同2の(三)(2)のうち、本件受益者負担金が土地所有者等に対し、その所有面積に比例して賦課するものであることはいずれも当事者間に争いがない。

二  争点の判断

1  請求原因2(一)(憲法二五条違反の主張)について

下水道が近代都市の基幹施設であり、従つて、国民が健康で文化的な都市生活を営むための基礎的な施設であることは公知の事実として否定できないところである。

しかし一方憲法二五条はいわゆるプログラム的規定であつて、国民に対し、健康で文化的な最低限度の生活を営む具体的な権利を国に対して主張することまで認めたものではないと解されている(最高裁判所大法廷昭和四二年五月二四日判決民集二一巻一〇四三頁)ので、同条を直接の根拠として本件受益者負担金賦課処分の当否を争うことはできないものと言わねばならない。したがつてこの点に関する原告らの主張は理由がない。

2  同2(二)(地方自治法二条違反の主張)について

地方自治法二条二項ないし四項によれば、下水道事業の経営は普通地方公共団体である市町村の事務に属することとされているが、同項はいずれも普通地方公共団体がその権能として処理すべき事務に関する規定であるにとどまり、当該事務の処理を当該普通地方公共団体に義務付けた規定ではないと解するのが相当であるから、同条項の存在を根拠として、本件受益者負担金賦課処分の当否を論ずることはできない(ちなみに、下水道法三条も同様に解すべきである。)。右主張も理由がない。

3  同2(三)(都市計画法七五条一項違反の主張)について

(一)  受益者負担金について

(1) 負担金とは国又は公共団体が行う特定の事業の経費にあてるために当該事業と特別の利害関係がある者に対して課せられる金銭給付義務と定義され、租税とはその徴収目的及び負担義務者において区別され(もつとも、目的税のうち水利地益税((地方税法七〇三条))及び共同施設税((同法七〇三条の二))のように実質上は負担金と区別し難いものもある。)、公企業の利用者又は公物の使用者たる地位において課せられる手数料・使用料とも異なる。(なお、都市計画税は、都市計画法に基づいて行う都市計画事業又は土地区画整理法に基づいて行う土地区画整理事業に要する費用に充てる目的で課税されるものであるが、これは当該事業による具体的受益に関りなく課する点で、受益者負担金と著しく異なる。)

(2) そして、受益者負担金は、当該事業によつて特別の利益を受ける者がいる場合、その者に対して課せられるものである。

即ち、成立に争いのない乙第四号証の二によると、ある公共施設の設置によつて特定の者のみが特別の利益を受けることとなる場合、当該施設の建設費用を租税のみによつてまかなうこととすれば、右特定の者が享受する特別の利益分についても、それらの者以外の負担に帰することになつて公平負担の要請に反することとなるため、右特定の者に特別に費用を負担させるべきであるとするのが受益者負担金制度の思想的背景であることが認められる。

(二)  本件受益者負担金制度について

(1) いずれも成立に争いのない乙第一、第二号証、第四号証の一、二、第二四及び第二五号証並びに証人田崎繁の証言を総合すると、本件受益者負担金制度は都市計画法(大正八年法律第三六号。いわゆる旧都市計画法である。以下、法という。)六条二項及び同法施行令(同年勅令第四八二号。)一〇条に基づいた省令及び同省令施行規則(昭和四四年広島市規則第五五号。)に則つて採用されたものであり、その算出は、昭和四四年度以降に施行する事業に要する費用の予定額二〇五億七二七万八〇〇〇円に省令四条により五分の一を乗じて得た額を負担金総額とし、これを省令五条により排水区域の地積(二一九一万六八二〇平方メートル)で除して得た額(単位負担金額一八七円)に受益者が所有し又は地上権等を有する土地の面積を乗じて得た額を各受益者の負担金の額としたものであることをそれぞれ認めることができ、これに反する証拠はない。

(2) そして、いずれも成立に争いのない乙第一〇号証の一、二並びに第一四及び第一五号証の各一ないし三、第五〇並びに第五一号証、いずれも証人田崎繁の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一三号証の一、二並びに同証人の証言を総合すると、本件受益者負担金制度の採用及び負担金の算定については、次の各事実がその背景となつていることが認められる。

ア 昭和三六年、財団法人日本都市センター及び全国市長会によつて発足した下水道財政に関する研究委員会(第一次)の研究成果として右日本都市センターが刊行した「下水道と財政」(乙第一三号証の一、二はその一部)の内容として、

〈1〉 公共下水道は都市の基本的な施設であつて、その効用は雨水排除、低湿地帯の滞水の排除、汚水(家庭汚水及び工場廃水等)及び屎尿の処理並びに排除であるが、これらの効用は一面において都市環境の整備、公衆衛生の向上等の公益をもたらすとともに、他面において特定の者に帰属する利益をもたらすものであるから、公共下水道の建設及び運営に関する費用は、国及び公共団体が公費によつて負担するとともに、特別の利益を受ける者がその利益に応じて負担すべきものであるとして、受益者負担金制度の採用を強く提言するとともに、

〈2〉 その受益の内容として、雨水排除及び低湿地帯の滞水の排除については、原則として、租税負担に帰する公費の負担とすることを適当とするが、土地の利用価値の増進、地価の値上り等のかたちで特定の者に明らかに利益があると認められる限度においては受益者又は利用者に特別の負担を課することが適当であるとし、一方、汚水及び屎尿の処理並びに排除については、原則として、個人の負担に帰せしめるのが適当であるが、公共用水域の汚濁防止及び公衆衛生等の行政目的を達成するために必要な限度においては、公費をもつて負担することが適当であるとしつつ、雨水排除の施設について利用者の負担すべき部分と、汚水を排除・処理する施設については公費の負担すべき部分とはほぼ相殺することができる程度のものと考えられるから、経費の負担区分を算定する場合には、全施設を総合して考え、雨水排除施設については公費が、汚水の排除・処理施設については利用者が、それぞれ負担すべきものとすることが便宜であるとし、

〈3〉 特定の者に帰属する利益については、当初の施設建設については受益者負担金のかたちで、その使用については使用料のかたちで負担せしめることを適当であると前提して、受益者負担金として徴収されるべき金額は、公共下水道の設置によつて生ずる財産価値の増加分(概ね、公共下水道設置による地価の値上り分がこれにあたるとみられる。)の限度内に限るべきであり、かつ、受益者の負担能力に応じたものとすることが必要であるとしてその額は、実情等からみて当初建設費に対して五分の一ないし三分の一(実際の運用では、当初建設費から国庫負担金を差し引いた額の一部を受益者負担とする。)程度であれば受益の限度内であると考えられるとしながら、受益の測定に関する研究が未だ不十分であることにも言及している。

イ 昭和四一年一一月、下水道財政に関する研究委員会(第二次)の研究成果として、前記日本都市センターが刊行した「新・下水道と財政」(乙第一四号証の一ないし三はその一部)の内容として、第一次研究委員会による研究当時に比べ、公共下水道に対する雨水排除の依存度が高まつていることや水質汚濁防止のため下水の高度な処理が厳格に要求されるなど汚水について公共的な要請に基づく経費が増大していること等から公費が負担すべき部分が著しく増大しており、これを公共下水道の建設費についてみると、雨水排除に要する経費と汚水の排除・処理に要する経費との一般的な比率は、当時の標準的な下水道計画に基づいて推定すると七〇パーセントと三〇パーセントとなるが、これに前記の事情を加味すると公費の負担すべき部分は七〇パーセント以上となるとしているものの、受益者負担金額については第一次研究委員会の見解をなお踏襲している。

ウ 一方、国は前記第一次研究委員会の提言を受けて、昭和四〇年一〇月二五日建設省都発第一六〇号・自治省財第九六号建設省都市局長、自治省財務局長通達をもつて、受益者負担金制度の採用を指示した。

以上の各事実をそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(3) 次に、前掲乙第一、第二四及び第二五号証、いずれも成立に争いのない乙第三号証の一、二、第二六及び第二七号証を総合すると、原告らはいずれも省令によつて負担義務者とされる範囲内の者であることが認められる。

(4)ア 思うに、下水道施設の機能は、雨水の排除・低湿地帯の滞水排除、家庭汚水及び工場廃水並びに屎尿の排除・処理であつて、その結果、氾濫及び水質汚濁の防止並びに環境衛生の向上の各方面にわたつて、住民の生活環境の改善に寄与されることとなるのは明らかである。

イ かかる下水道施設が健康で文化的な都市生活を営むための基礎的施設であることは、前述のとおりであるが、このことはその設置によつて特別の利益を受ける者が生ずることを認めることの妨げとはならないと解すべきであつて、前認定の下水道財政に関する研究委員会の各研究成果の内容はいずれもこの限度において首肯することができる。

ウ そこで本件受益者負担金制度に目を転じるに、前掲乙第四号証の二、第一三号証の一、二、第一四及び第一五号証の各一ないし三、第五〇並びに第五一号証並びに証人田崎繁の証言を総合すれば、

〈1〉 下水道整備は本来、私人の生活汚水、雨水の排除や処理の改善を目的とし、従つて人為的な汚水等を発生させる者については、その排除ないし処理は元来自ら設備して行うべきものとされる部分がその一部として含まれているものを、市町村がその性質上公益的目的達成のための部分と切り離せず、かつ広域に亘るために適当な事業主体とされている関係上、私的利益に寄与する部分をも含めて事業を行わざるを得ず、

a そうすると、その事業費のうちの一部には一定の住民の私的利益のために投資されたと看られる部分が存在すること。

b 雨水ないし低湿地帯の滞水の排除の面においても土地の有効利用の観点からは私的利益の増加をもたらす部分があること。

c そして、以上の私的利益の増加は排水区域内の土地そのものに付加される価値と看做すことが相当で、この意味で土地の資産価値の増加がもたらされること。

d 従つて、右私的利益の増加は、当該土地の面積に比例するものと考えられるべきこと。

〈2〉 次に右土地の資産価値の増加は、総事業費のうち約三〇パーセントに該当する部分によつてもたらされるとみることが現在の標準的な下水道計画等に照らして相当であるが、現象的には当該土地の値上りという形で認識されること。

〈3〉 かかる土地の資産価値の増加は、当該土地の所有者や地上権者等継続的な使用権限ある者が排他的に享受するものであり、また仮に当該土地に高層住宅を建築して使用している者であつても、下水道施設の当初建設によつて受ける私的利益はあくまで土地そのものに付加される価値であるから、その使用状況とは無関係に受益が評価されるべきであること(なお、現況として、空閑地ないし農地であるものに同様の資産価値の増加が認められるべきか否かについては、いずれも成立に争いのない乙第三号証の一、二及び第二七号証並びに証人武田辰雄の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第五二号証によると、原告らはすべてその地上に建物を建てて利用している宅地の所有者であることが認められるのであるが、右の問題を否定した場合、原告らはより高い負担金を賦課されるという不利益を受けることはあり得ても、何ら利益を受けることはないことが明らかであるから、結局原告らは右の問題を否定する主張をすることで本件受益者負担金賦課処分の違法を基礎づける利益を有しないというべきである。なお、仮に、現在個人的に浄化槽を設置している者においても、それは現在の当該土地の利用形態に即しているものに過ぎず、長期的観点からはあくまで当該土地の資産価値の増加はあるというべきであるとともに、下水道の効用は前記のとおり屎尿の排除・処理に尽きるものではない。)。

以上の各事実が認められ、右事実によると受益と負担との対応が明確であると言うことができる。

エ そうすると、右土地の資産価値の増加は当該土地の所有権者等にとつては、未だ下水道が整備されていない地域の住民(下水道事業は非常に長年月を要するものであること明らかであるから、現在具体的な事業計画も樹立されていない地域の住民が将来下水道整備によつて受ける利益は、この比較においては無視し得るし、近い将来下水道が整備される地域の住民の受ける利益はその受益の時点で測定すれば足りる。)及び同一排水区域内の土地所有者等以外の住民に比較して著しい利益(特別の利益)であると言わねばならない。

オ 次にいずれも成立に争いのない乙第二九、第三〇、第三二ないし第四〇号証を総合すると、昭和四四年度から昭和五四年度までの本件下水道事業費の財源構成を昭和五四年度の時点でみると、総事業費五七四億九八〇〇万円のうち受益者負担金(徴収予定額)は二六億一九三七万七〇〇〇円でその割合は約四・六パーセントであることが認められる。

カ また本件下水道事業によつて、原告らの所有地につきどの程度の地価上昇がもたらされたかについて考えてみるに、前記乙第五二号証及び証人武田辰雄の証言によればいずれも五・二パーセントの寄与率、金銭的に評価すると一平方メートルあたり四〇四〇円ないし四六八〇円の増加があつたとの調査報告がなされていることが認められ、これと前認定の下水道整備区域内の土地の資産価値の増加が総事業費のうち約三〇パーセントに該当する部分によつてもたらされるとみるのが相当であること及び本件下水道事業費のうち受益者負担金の占める割合が昭和五四年度においても(以後、この割合は減少して行くと看られる。)約四・六パーセントに過ぎないこととを参酌すると、結局本件受益者負担金は原告らの受ける利益の限度内にあることは明白である。

(5) そして次に原告らのように、土地等を所有する住民が、固定資産税及び都市計画税を徴収されていることは公知の事実であるが、これらの租税と本件受益者負担金との関係については、前認定のとおり本件受益者負担金の場合、受益と負担の対応が明確であり、受益者の範囲も限定され、かつ土地の資産価値の増加という受ける利益の把握自体は明確に可能であるから、本件下水道事業の財源を前記各税に求めるより受益者負担金に求める方が適当であつて(昭和四五年一一月税制調査会の基本問題小委員会中間報告参照)、また、地方税法七〇三条三項のような制限が設けられていない以上、都市計画税を一般的な都市計画事業(道路等の建設)の財源の一部とし、特定の事業によつて特定の者が特別の利益を受けることが明確な本件下水道事業のようなものの財源の一部としてはこれを使用せず、これに対しては受益者負担金をもつて充てることは違法とはいえない。

三  結論

以上説示のとおり、原告らはいずれも都市計画法七五条一項の「著しく利益を受ける者」に該当するので、被告のした本件各受益者負担金賦課処分はいずれも適法であり、結局、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないものと言わねばならない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 植杉豊 山崎宏征 橋本良成)

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